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開発の現場から vol.10 トヨタ「新型カムリ」

開発現場から聞こえてきたリアルな声から、現代の自動車が抱える問題のヒントや未来への展望を伺う。

今回は、トヨタから登場した新型カムリの開発スタッフにインタビュー。エンジンも含めてすべて白紙からの立ち上げとなったカムリの開発現場では何が起きていたのか、その裏側をお伝えする。

世界100カ国で販売されトヨタ最量販車種となる新型カムリの開発者に聞く 2017.7.28

2017年7月にフルモデルチェンジしたカムリが話題になっている。もともとグローバルカーであるカムリは、世界10カ国で生産し、100カ国で販売、累計販売台数は1800万台を超える量販車種で、とくに米国では乗用車セグメントで15年連続ベストセラーであるため、世界的にはフルモデルチェンジはまさに一大イベント。そして日本においても、そのデザイン性の高さから新型にはいつも以上に注目が集まっており、久しぶりにセダンの話題作と言えそうだ。新型カムリには、デザイン以外にも注目すべき点がある。それは、まったくの新規から開発されたというプラットフォームだ。トヨタはTNGAという新型プラットフォームをプリウスから導入しているが、カムリは中型乗用車としてTNGAの立ち上げ車という側面を持っている。つまり、今後登場するであろうモデルの出来を占う意味でも、カムリはまさに注目すべき存在なのだ。

今回、新型カムリの試乗会にて、シャシー全体の取りまとめを担当したMS製品企画部 主査 米田啓一さん、そしてサスペンション設計を担当したMSシャシー設計部 第3シャシー設計室 主幹 本間 裕二さんのお二人から、新型開発にまつわる話を伺うことができた。
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新型カムリのシャシー設計を取りまとめた米田啓一さん(右)とサス設計を担当した本間 裕二さん(左)

--:試乗では、駐車場のなかを移動させているときから質感の高さを感じることができました。

米田:エンジン、キャビン、ラゲッジが完全に分離しているのはセダンだけで、音や振動を出すものがキャビンの外にあるため、静粛性や重心の低さという面で物理的に優れた資質がある。新型カムリではそれを磨きあげることで、クルマとしての魅力を高めたいというのがありました。今回、ゼロベースからプラットフォームを立ち上げるにあたって、目標となる性能を設定することに加えて、どういうクルマをつくるのかということを考え、目的意識を持って技術を積み上げていきました。ひとの座る位置を決めるときにも、ブレーキング時に腰でG(重力加速度)を感じられるようなペダルと足の角度にこだわりましたし、静かなクルマにしたかったので、吸音材の敷き詰める面積を最大限にとった。おそらくこのクラスでは世界一だと思っています。

--:確かに静粛性の高さも印象的でした。クラスでもトップレベルと言えるのではないでしょうか。また、ステアリングの感触も滑らかで上質さを感じたのですが、これはどのような技術で実現しているのでしょうか。

米田:ステアリングの感触については、今回導入したラック平行式電動パワーステアリングの影響が大きいのだと思います。従来の電動パワステは、ステアリングコラムにモーターがつく一般的なタイプでしたが、新型では、モーターの位置がラック側にあり、切り始めの摩擦が少ないため、ステアリングフィールが向上します。これはコストのかかる部品で、導入にはいまでも社内に反対意見があるくらいです。でも私はやってよかったと思っています。これは裏話になるのですが、新型プラットフォームの設計を立ち上げた時期は、まさに東日本大震災が起きた2011年3月でした。その時トヨタは、2007年のリーマンショックやその後のリコール対応なども重なり大きく傷ついていた時期でもありました。ところが、同じ時期に開発されていたであろう米国の某自動車メーカーの新型車を見たら、内容に非常に力が入っていた。彼らも我々と同じかそれ以上に傷ついていただろうに、それを見てスタッフ一同奮起したんです。

--:カムリはグローバル商品として絶対に失敗できない重要プロジェクトですが、その一方で売価については大きく引き上げることもできないという側面もある。コストのかかる新技術を導入するためには、全体を厳しく見直す必要があったのではないでしょうか。

米田:TNGAには全体のレベルアップと同時に開発費の削減というテーマもあるんです。ベースを一生懸命作り上げれば、派生モデルは時間をかけずに作れる。部品やユニットを共用化することでスケールメリットが生まれれば、調達コストも下げることもできるからです。カムリはエンジンを含めたフルTNGAの初出として随分と開発費をかけました(笑)。日本の皆さんはピンとこないかもしれないですけど、米国では月販3万5000台近く販売しますからね。トヨタが投げるいちばん力の入った球はこれですよ。

--:サスペンションについて本間さんにお伺いしたいのですが、新型カムリではどのような方向性で設計されたのでしょうか。

本間:新型カムリのフロントはストラットで、リヤがダブルウィッシュボーン、どちらも白紙から開発したものです。フロントは乗り心地を重視し、リヤは乗り心地をキープしたまま制動姿勢のコントロールがやりやすくなったため、安心感が出せるようになりました。質感を上げるために摩擦の低減に着目してサスペンションジオメトリーを組み立て、ブッシュの材質や形状もねじり・こじりが少なくなるように工夫しました。また、ダンパーにも新しい工夫を入れて、コンベンショナルでありながら、路面状況に応じて減衰力が変化するような構造としています。開発においては、駐車場のなかといったシチュエーションでもテストを行って、スムーズで質感の高い動きを目指しました。開発がスタートした当時私はまだ30代で、それにも関わらず白紙の状態からサスペンションを開発していいと言われ、非常に緊張したのを覚えています(笑)。

 カムリのサスペンションは、しなやかでなおかつクルマの姿勢が安定しているのが特徴的で、ブレーキを踏み込んだときにも車体全体が沈み込むような安心感のある動きを実現している。大抜擢のプレッシャーをはねのけての、見事な設計だ。本間さんの手元には、プレゼンテーションでは使われなかった詳細な技術資料の束があったのだが、今回はほんの数枚しか使うことがなかった。語りきれないこだわりが、新型カムリとTNGAには込められているということだ。今後登場するトヨタ車には、ますます注目せざるを得ない。