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開発の現場から vol.4 ダイハツ「ムーヴ キャンバス」

開発現場から聞こえてきたリアルな声から、現代の自動車が抱える問題のヒントや未来への展望を伺う。

今回は、ダイハツが新型「ムーヴ キャンバス」を開発するにあたって挑戦した、従来のマーケティング手法を超えた、社会学的なアプローチについてお伝えする。

社会学の領域まで踏み込んだ「女性向け軽自動車」開発の裏側 2016.11.28

ダイハツのニューモデル「ムーヴ キャンバス」が売れている。公式発表によれば、発売後約1ヵ月間で、月販目標台数を大きく上まわる約2万台を受注したというのだ。これは、月販目標台数として想定していた5000台の4倍となる数字で、たとえ新商品効果があったとしても多くのユーザーに好意的な印象を与えたことは間違いない。

「ムーヴ キャンバス」は、デザイン性と機能性を両立させた新感覚のスタイルワゴンで、メカニズム的にはムーヴのそれをベースにしている。1655mmという全高は、ムーヴ(1630mm・Xターボ SAII)よりわずに高く、同じく後席両側スライドドアを備えるタント(1750mm・Xターボ SAII)に比べると大幅に低い。20代〜30代の女性をターゲットにしたというスタイルは、シンプルでありながら愛嬌があり、とくにテーマカラーのツートン仕様では、キャラクター的なかわいらしさを持つ。
このスタイルとNAのみという街中での使用にわりきったエンジン選択から、デザイン重視のキャラクターカーと思われがちな「ムーヴ キャンバス」だが、開発に携わったダイハツのスタッフたちは、このクルマに相当のエネルギーと情熱を注ぎ込み、次期主力モデルの試金石としての役割を担わせるほど力を入れているという。

今回の「ムーヴ キャンバス」開発にあたっては、プロダクトの骨子を決めるにあたって通常の市場調査に加え、より深く現代社会の構造に着目したという。具体的には、ターゲットとなる若い女性たちが、どのような商品を求めているかだけでなく、使用実態や購入にあたってどのように資金を調達しているかまで調べあげたのだ。

それによると、近年、親との同居世帯の増加にともなって、世帯内でクルマを共有する傾向にある。そして、両親がクルマ選びに関わり、資金の一部または全額を負担するケースが増えていることがわかってきた。従来こういったジャンルのクルマは、クルマ選びの経験が浅い若い女性が選ぶため、内外装といった見た目や安価であることが重要視されていた。しかし近年では、女性に加えその両親なども販売店へと同行し、安全性能や使い勝手など、クルマの本質がしっかりとしているのかを確認しているそうだ。
その結果、本来女性が購入しようと考えていた価格帯よりも高額ではあるが、しっかりとしたクルマを購入するケースが増えているのだという。そういった市場動向を踏まえた開発チームは、「ムーヴ キャンバス」を運転が苦手なひとでも安心して乗ることができる本格志向のクルマへとレベルアップさせていった。
さらに、売りであるデザインについても「軽自動車の厳しい制限のなかで、面の質感には最後までこだわった。とくにボディサイドは難しかったが、なんとかやりとげることができた」と胸を張る。全幅に制限がある軽自動車では、側面衝突への対応やスライドドア機構を収めるなど考えると、ボディのサイドパネルに許されたデザイン代(しろ)はわずか数センチしかない。そのなかでスタイリングに豊かな表情を与えるための曲率をはじき出した。
また、開発に女性の視点を取り入れるため、デザインだけでなく使い勝手に関わる室内空間の設計では、社内の女性スタッフを集めてプロジェクトチームを結成し、アイデアを検討した。その成果のひとつが、後席座面に仕込まれた収納「置きラクボックス」だ。これは、普段の生活で後席座面に荷物を置くことが多いが、そのままでは何かのはずみでシートから落ちてしまうのが心配だし、足元に直接置くのは嫌だという声から誕生した装備。「女性のリアルな声を聞くことで、本当の意味で女性に喜んでもらえる軽自動車が誕生した」とその成果を振り返る。

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女性ユーザーの声を反映させた内外装。後席の「置きラクシート」も女性の声がヒントとなった。

「ユーザーの声を大切にした」ことで、採用に大きな影響を受けたというのが、ムーヴ並みの全高にも関わらず、両側スライドドアを取り入れたことだろう。
これまで、ハイト系以外では採用例の少なかった後席の両側スライドドアだが、隣のクルマとの間隔が狭い駐車場やひとの乗り降りでの不便さを不満として抱えて来た女性ユーザーにとって、後席の両側スライドドアは非常に嬉しい装備なのだという。開発にあたってはコスト面の問題や車重がかさむことによる走行性能や燃費についての悪影響なども懸念されたが、ひとつの試金石として採用が決断された。「もし、ムーヴ キャンバスの評判がよければ、次期ムーヴでも後席に両側スライドドアを採用する可能性はあります。そういった意味でも、お客様がこのクルマをどう受け止めるか、興味があります」と開発スタッフは語る。

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全軽自協が発表した2016年4〜9月軽四輪車通称名別新車販売速報によれば、ダイハツ タントが前年累計比105.2%で総合2位(70119台)につけているのに対して、ムーヴは前年累計比63.6%で9位(52645台)と大きく水をあけられている。タントが受け入れられている理由が圧倒的な全高の高さなのか、それとも後席両側スライドドアなのか、実際の商品で試したいというマーケティング的な挑戦も「ムーヴ キャンバス」には課せられているというわけだ。

まずはスタートダッシュに成功した「ムーヴ キャンバス」。その成功が一時的なものでなく、ロングセラーとなれば、ダイハツの軽自動車づくりに大きな影響を与える可能性は多いにある。その動きには今後も注目が必要だ。