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PROTO総研/カーライフ所長の宗平がゲストをお迎えして、「クルマ」に携わるひと、ユーザーの皆さんに役立つお話を伺うこのコーナー。今回はモータージャーナリストの島下泰久さんをゲストにお迎えし、自動車業界にとって平成はどのような時代だったのかを振り返りながら、これから始まる令和時代の自動車について語り合います。

平成から令和へ。自動車業界のこれまでとこれから 2019.8.23

平成という時代は、クルマの進化が幸せに直結していた

(出演者すべて敬称略)

宗平 今回は、平成を振り返りながら、令和時代の自動車業界を読み解くということで、モータージャーナリストの島下泰久さんをお迎えしています。島下さんは、「間違いだらけのクルマ選び」の著者でもあります。日本でもっとも有名な自動車ジャーナリストだった故・徳大寺有恒さんから、もっとも有名な自動車購入ガイドブックのお仕事を受け継がれたということで、まさしく今回のテーマにふさわしい人物ではないでしょうか。

島下 ありがとうございます。本日はよろしくお願いします。「間違いだらけのクルマ選び」という、長い歴史をもち、大きな役割を果たしてきたタイトルを継承させていただいたわけですが、メディアとしてのあり方については、いままさに転換期を迎えているとも考えています。創刊当時の70年代の「間違いだらけのクルマ選び」は、まさにバイヤーズガイドとして、クルマの良し悪しを判断する基準であり、それが購買行動に繋がっていました。どこかの段階までは、クルマの性能が上がることで、その分、僕らも幸せになったんです。例えば、昔のベーシックカーは高速道路の合流ひとつとっても、「行くぞ!」とアクセルを全開にしないと合流もひと仕事という感じだったはずですよね。だからこそ、新しいクルマが登場すると、何が進化したのか、ライバルと比べてどちらがいいのかを、みんなが真剣に検討した。でも、いまは軽自動車を買ったって、ほとんどそんなことはない。つまり、性能的にはすでに必要十分なところまで行き着いてしまった。

宗平 かつては、カタログに踊る新技術や雑誌に掲載されるサーキットテストのラップタイムは、クルマ好きにとって愛車選びの大事な参考資料でした。平成の初期までは、たしかにまだそういう空気は残っていた記憶があります。でも、いまやそういったクルマ選びをするユーザーはむしろ少数派かもしれません。

島下 昔は高級車と実用車には性能や快適性に歴然とした差があったため、明確なヒエラルキーが存在したし、そこに憧れるひともたくさんいました。

宗平 まさに「いつかはクラウン」的な価値観ですね。自分の出世とともに、クルマも大きく、高性能なものに買い換えていくといった。もちろん、現在でもそういった差がないわけではないですし、意識するユーザーも少なくありませんが、時代の空気感としては圧倒的に変わってしまった。島下さんとしては、どの辺りで大きな変化があったと考えますか。

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昭和41年の発売以来、日本のモータリゼーションを牽引してきたカローラ(写真は初代モデル)。写真:トヨタ

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平成13年に登場し、カローラに変わってベストセラーとなったカーホンダ フィット(写真は初代モデル)写真:ホンダ

島下 カローラとフィットが、象徴的だなと思うんです。カローラが誕生したのは昭和41年(1966年)で、昭和43年(1968年)から平成13年(2001年)までの33年間にわたって販売台数ナンバーワンを記録し続けてきました。しかし平成13年にホンダからフィットが登場して、ベストセラーのポジションを奪われてしまった。フィットは、それまでのクルマとは違う価値観で作られていて、立派に見えるとか、カローラ、マークⅡ、クラウンといったようなヒエラルキー構造に縛られていない。コンパクトだけどひとと荷物が積めて、きちんと走る。そんなフィットがカローラを抑えてベストセラーの座を奪った。まさにここが価値観が転換したポイントだったのかなと思うんです。

宗平 なるほど。平成以降、街を走るクルマのシルエットが3BOXからハッチバックやミニバンなどモノフォルムへと移り変わった印象がありましたが、フィットがきっかけだったわけですね。買い替えにあたり、それまで乗ってきたクルマよりも車格をランクダウンさせる「ダウンサイザー」という言葉が生まれたのも平成のことでしたね。平成元年にトヨタからセルシオが登場したときには、日本の自動車作りもいよいよ世界レベルに到達したと胸を躍らせました。日産 スカイラインGT-Rやホンダ NSXといった本格スポーツカーが誕生したのも平成です。しかし、そこからわずか10年あまりで状況はガラリと変わってしまった。

島下 平成3年(1991年)から景気の後退がはじまり、平成7年(1995年)頃にバブルの崩壊が顕著化したころには、国産のスポーツカーはどんどん姿を消し、利便性を追い求めたクルマが主流になりました。この頃は輸入車の方がおもしろかったですね。

宗平 元気を失ってしまった当時の国産車に対して輸入車は個性的で、夢がありましたね。弊社の輸入車情報誌「グーワールド」の前身が創刊したのが平成3年で、平成8年(1996年)にはインターネットによる中古車情報サービス「グーネット」が開始されています。平成時代に起こったインターネットの普及は、世の中を大きく変えてしまいました。

島下 中古車探しも変わりました。昔は分厚い本の小さい写真を目を皿のようにしてクルマを探していたのに、いまやスマホでこうして仕事の合間に検索できる。ほしいクルマが簡単に見つかってしまうので、非常に危ない(笑)。

宗平 グーネットならオンラインで来店だけでなく試乗の予約までできますよ(笑)。

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マツダがSKYACTIVEを開発する際に参考にしたというルノー4(キャトル)。1961年から1992年まで生産された。写真:ルノー

島下 話を少し戻しますと、クルマという商品はある程度まで成熟し、買ったことを後悔するようなものは少なくなりました。しかし、開発現場の声を聞いていると、クルマ作りは奥が深く、まだまだ進化の途中だといいます。例えばマツダは、SKYACTIVEを開発するにあたって、「いいクルマ」とは何かを社内で共有するための教材としてルノー キャトルとW124のセダン(メルセデス・ベンツ Eクラス)を購入したそうです。

宗平 どちらも20年、30年前のクルマですね。どういった理由でマツダはその2台を購入したのですか?

島下 どちらも人間を中心にした考え方をしているという共通点があるというのです。たとえばキャトルはタイヤも細くて、コーナリングの限界性能はけっして高くない。しかし、運転していてもなぜか不安感を覚えない。それは、乗り手にきちんと情報を伝えてくれるからです。これ以上のスピードは危ないよということがクルマから伝わってくる。そして、W124についてはとにかくハンドリングがいいというので、私も気になって個人的に中古車を購入してみました。すると、現在の新車と比較しても優れているところが多いことに気がつきました。これってどういうことなんだろうと。

宗平 クルマの世界はまだまだ奥が深いぞと。

 

 

「自動運転のEVとエンジンのクルマがお互いに補完し、共存するのが正しい姿ではないでしょうか」

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宗平 では、話を令和の時代に移しましょう。自動運転や電動化、所有から利用へとクルマとの付き合い方が変わるのではないかなど、非常にドラスティックな変化が起きると言われています。たとえば、ソフトバンクの孫正義氏は講演会で「将来、ガソリンエンジンのクルマは乗馬場のような専用の施設で楽しむようになるだろう」と未来を予測しています。島下さんは令和時代のクルマはどうなっていくだろうと考えますか。

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トヨタが2019年6月に発表した、電動化への取り組みを示した図。電動化車両に自動運転技術、コネクティッド技術を組み合わせることで、サービスとしてのMaaS(サービスとしての移動)にも対応していく。写真:トヨタ

島下 カーシェアリングや電動化については、一定のシェアを獲得すると思います。僕自身、未来は変化していく方がいいと思っているし、便利で快適、過ごしやすいものだと信じたい。孫正義氏の話は、理解できる一方で、クルマの楽しみはサーキットで限界走行するだけじゃないのではないかと思うんです。近所をちょっと一周したいし、洗車にも行きたい。そういった気持ち、ニーズは無くならないのではないでしょうか。ただし、手動運転と自動運転が混在するのは難しい。ここをどうするのか。簡単には答えの出ない問題です。

宗平 社会学的なプラットフォームとしてのモビリティのあり方と、生活者の心みたいなものをどのように折り合いをつけていくのか。できれば多様性を大切にする世界であってほしいですね。

島下 個人的に自分で運転するクルマは無くならないと思っています。僕も運転していたいですし。

宗平 パワートレーンの電動化についてはどうでしょう。エンジンはもうこれ以上進化しないのでしょうか?

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4Lの自然吸気6気筒水平対向エンジンを搭載した新型718ケイマンGT4。写真:ポルシェ

島下 いえいえ、これからもまだまだ進化していくと思いますよ。車両に搭載されているという意味では、まだ30年くらいはエンジンは無くならないと思います。例えば、ポルシェは新しく登場する718ケイマンGT4に4L自然吸気の6気筒エンジンを搭載しました。もう出ないと思っていたNAエンジンが復活したのです。

宗平 自然吸気エンジンのフィーリングには、ドライバーの気持ちを昂ぶらせる魅力がありますが、年々厳しさを増す環境規制をクリアできないため、姿を消していくと言われていましたよね。

島下 2014年に世界統一の燃費基準となるWLTPの技術規則が採択され、2018年10月から実施されています。低速、中速、高速、超高速の4つのモードで測定が行われるのですが、従来のモード測定に比べて、実態の交通事情に合わせたので速度域が高くなっている。そのため、ダウンサイジングターボの旨味、メリットが減ったのです。単純な話、速度域が上がればアクセルを大きく踏み込むわけですから燃費は悪化するんです。

宗平 なるほど。欧州ではCO2排出規制をクリアできないメーカーには厳しい罰金が科せられるといいます。欧州市場を重視するメーカーがこれまでダウンサイジングエンジンを投入することでこれをクリアしてきたけど、レギュレーションが変わったことで改めてクルマ作りを見直す必要が出てきたと。

島下 一方で中国は、これまでのEV一辺倒だった環境車規制を、ハイブリッドも含めた形に方針転換しました。このように、クルマを取り巻く状況は政治によっても大きく左右されます。ですから、ひとつの技術や考え方に集中してしまうのは危険なのです。自動運転についてもそうで、たしかに自動運転の時代は来るでしょうが、それだけでいいのか。違う形の提案も模索し、提示してもらわないと面白くない。

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宗平 EVについては、単純に走行中のCO2排出量だけではなく、走行に必要な電気をどのように調達するのか。また、多くのクルマがEVになったときに充電をどうするのか、そういったことをトータルで考える必要があるでしょうね。

島下 答えはひとつではないんです。普段使いのクルマはシェアリングにして、自宅ガレージには趣味のクラシックカーを置くとか。自動運転のEVとエンジンのクルマを消費者が選べる環境があって、お互いに補完し、共存するのが正しい姿じゃないかと思うんです。

宗平 それは楽しい未来ですね。

島下 僕は、これからどんなに時代が変わっても、人間が心地いい、楽しいと感じること、そのマインドは大きく変わらないと思います。そして、クルマを選ぶということは、自分自身のスタイルを表現することでもある、そう考えています。

宗平 デジタル社会になっても、ひとの心はアナログであると。私もそのとおりだと思います。だからこそ、これからも島下さんのような自動車のプロフェッショナルによるバイヤーズガイドが必要とされるのではないでしょうか。

島下 そうですね。まだまだ、やれることはたくさんあると感じていますよ。

宗平 本日はありがとうございました。

 

【対談者プロフィール】

島下泰久 専門誌契約スタッフを経て1996年よりフリーランスに。走行性能だけでなく先進環境・安全技術、ブランド論、運転等々クルマを取り巻くあらゆる社会事象を守備範囲とした執筆活動のほか、エコ&セーフティドライブをテーマにした講演も行う。A.J.A.J.(日本自動車ジャーナリスト協会)会員。近著に「極楽ハイブ リッド運転術」「極楽ガソリンダイエット」(いずれも二玄社刊)がある。

宗平光弘 株式会社プロトコーポレーション常務取締役。ITソリューション部門担当。「2018-2019 日本カー・オブ・ザ・イヤー」実行委員。当サイト「PROTO総研/カーライフ」の所長を務める。