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PROTO総研/カーライフ インタビュー

100年に一度の大変革期にあると言われている自動車業界において、現在とくに注目を集めているのが「CASE(ケース)」という言葉だ。これは、「Connectivity(接続性)」、「Autonomous(自動運転)」、「Shared(共有)」、「Electric(電動化)」といった自動車業界におけるトレンドの頭文字から造られた造語で、これら要素をいかに商品やサービスに組み込んでいくのかが、成長と生き残りの鍵だと言われている。F1に代表されるモータースポーツへの挑戦や、高性能車NSXなどスポーティなイメージの強いホンダも、2017年に発表した「2030年ビジョン」において、「2030年にグローバルでの販売の3分の2を電動化する事を目指す」とする内容を発表。まさに自動車業界の転換期を象徴する事例として大きな話題となった。
そのように自動車業界が劇的に動いているなか、プロト総研はホンダが2018年7月に発売した新型プラグインハイブリッドカー「クラリティPHEV」に注目。プラグインハイブリッドは、「Electric(電動化)」の主流になると目され、近年その存在感を急激に増しつつある。今回は、開発責任者の清水潔さんを迎え、開発のねらいや自動車開発者から見た自動車の将来について話を伺った。

電動化の鍵は「覇権」ではなく「共存」にあり。技術的ダイバーシティで目指す地球規模のカーボンフリー 2018.12.8

新型「クラリティ」シリーズでホンダが提示した多様な電動パワートレインのある未来

(出演者すべて敬称略)

宗平 2017年6月に発表した「2030年ビジョン」では、「カーボンフリー社会」の実現に向け、製品のZEV(Zero Emission Vehicle)化、電動化を積極的に推進していくと宣言されています。プラグイン・ハイブリッド・カー(PHEV)である「クラリティPHEV」は、まさにその先陣を切るプロダクトだと思いますが、開発におけるこだわりや目標としたことを教えてください。

清水 PHEVにとっての性能は、第1にEV走行距離だと考えています。電気だけでどれだけの距離を走ることができるのかです。ホンダは2013年に「アコード プラグインハイブリッド」をリース販売という形ではありましたが、初のPHEVモデルとして市販化しました。しかし、残念なことに、アコード プラグインハイブリッドのEV走行距離はユーザーの期待するところではなく、結果として販売台数も伸びなかった。これは競合モデルも同じ悩みを抱えていました。そこで、クラリティPHEVの開発にあたっては、バッテリーをできるだけたくさん搭載し、パワートレイン全体の効率を高め、走行抵抗もなるべく下げることで、EV走行距離の世界トップクラスを獲得することにこだわりました。

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100km以上もの電動走行距離を実現する大容量バッテリーを積み、さらに大人5人がゆったりと乗れるパッケージングを実現させた「クラリティPHEV」。(写真:ホンダ)

宗平 通常のハイブリッドカー(HV)は、エンジンが主体でモーターが補助。それに対してPHEVは基本がモーターでエンジンは補助的なものだと思います。そういう理解をしていますから、ユーザーとしてはできるだけエンジンはかからないで、純粋なEVのように走りたいと望みます。

清水 そもそも、一般ユーザーの皆さんにはHVとPHEVの違いが分かりにくいという問題があります。ですから、クラリティでは車名もハイブリッドという語感の強い「プラグインハイブリッド」ではなく、よりEVに近いイメージの「PHEV」としました。PHEVは、普段はEVのように使えて、電池容量が少なくなってもエンジンで発電しながら走ることができるため、残り電池容量からくるEV特有の不安がありません。安価な夜間電力で充電した電気を使い切っていただくことができて、ユーザーに不安を感じさせないクルマにしたいと考えました。

宗平 たしかにEVに乗っているときは、ガソリン車以上に残りの航続距離が気になってしまうものです(笑)。クラリティPHEVではEV走行距離が101.0km(WLTCモード)となっていますが、ターゲットとした数値はありますでしょうか。

清水 メインの市場である北米でユーザー調査を行い、1日に走る走行距離のおよそ80%をカバーできる距離をEV走行距離の目標値としました。そこからバッテリーの容量を決定し、それをどのように搭載するのかという順序で開発を行いました。

宗平 いまSUVが世界的に流行しているなかで、セダンタイプとした理由を教えてください。

清水 床下にバッテリーを搭載しようとすると、その分どうしても全高が高くなります。ですからSUVであれば比較的容易に実現できたかもしれませんが、ここはひとつの挑戦として、自動車の基本的なボディ形態であり技術的に難しいセダンで達成しようとなりました。セダンで技術を確立すれば、ほかのボディタイプへの展開も目処が立つだろうと。

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クラリティPHEVのテクニカルイラスト。大きく複雑な形状のバッテリーが床下に搭載されている。(写真:ホンダ)

宗平 クラリティPHEVの構造図を見ていますと、できるかぎりメカを小さくして、使い勝手をよくしたいという気持ちが伝わってきました。

清水 ありがとうございます。アコード プラグインハイブリッドでは、バッテリーをリヤシート後方に搭載した関係で、その分トランクスペースを犠牲にせざるを得なかったという反省がありました。クラリティPHEVではトランク容量を確保したうえで、5人乗りのキャビンスペースを作るという強い意志を持って、まさにミリ単位で検討を重ねました。

宗平 購入したユーザーからの反応はどうですか。

清水 まだそれほど多くの情報はありませんが、日常的な走行シーンではほとんどエンジンがかからないことを高く評価していただいています。クラリティPHEVは一般的なHVに比べて10倍近くの電池容量を搭載していますから、充電されていた電力を使用してハイブリッドモードとなっても、通常のHVよりもまだ多くの電池が残っており、発電用エンジンを静かに動かすことが可能です。そのあたりもポジティブな感想につながっているのではないかと考えています。一方で、日本のユーザーにとっては車体が大きすぎるという意見があることは認識しています。とくに全幅ですね。集合住宅の駐車場は車幅の制約がありますから。

宗平 クラリティにはPHEVのほかに燃料電池自動車(FCV)版の「クラリティFUEL CELL」とEV版の「クラリティELECTRIC」(北米市場向けで日本未発売)という3つのパワートレインバリエーションが存在します。これらをセダンというひとつのプラットフォームに搭載したことに強いメッセージ性を感じました。

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「クラリティ FCV」(左)と「クラリティ EV」(右)のテクニカルイラスト。同一プラットフォームに、PHEVと合わせて3つの電動パワートレインが搭載されるのが特徴。(写真:ホンダ)

清水 おっしゃるとおりで、通常のモデルラインアップのなかに、PHEV、EV、FCVが存在していて、お客様がご自身の興味やライフスタイルに合わせて電動パワートレインを選んでいただけるという姿が究極であり理想です。ただ、そこまで一気には到達できないので、今回はクラリティというシリーズにおいてそれを実現しました。一方で、まだまだ電動化モデルは黎明期にありますから、新しい商品をいち早く選んでいただくお客様に対してのインセンティブとして、クラリティには「環境車専門ブランド」という意味合いを持たせています。いずれにせよ、「お客様が選べる」ことが、電動車の普及拡大につながるのではないでしょうか。

「EV一強」にはなり得ない技術的多様性が必要とされる理由

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宗平 クラリティ・シリーズは、未来のホンダ車をひと足先に具現化したモデルということですね。これこそ、まさに今日お伺いしたい質問につながるのですが、将来的にユーザーがパワートレインを選ぶ世の中になってくるのでしょうか。

清水 その未来が実現しなければ、ホンダが目指す2030年に新車の販売台数の2/3を電動パワートレインで占めるという姿は見えてこないからです。HVをさらに普及させること、PHEVやEV、そしてFCVをいかに通常のラインアップとして投入していけるのかがキーになります。

宗平 電動パワートレインの覇権争いというものは起きないのでしょうか。いずれかの方式に統一したほうが効率的なのではと考えてしまうのですが。

清水 グローバルで捉えたときに、国や地域によって状況は大きく異なります。日本や欧州、北米のようなクリーンエネルギーに積極的な国がある一方で、まだまだ電気インフラすら整っていないような地域も存在するからです。つい、「どのパワートレインが主流になるのか」という発想になりがちですが、これも単純な勝ち負けで語ること、考えることは難しい。とくにEVについて期待を寄せる意見も多くみられますが、EVのポジティブな面だけではなく、抱えている課題をしっかりと見据える必要があります。なぜなら、EVを普及させるためには、車両だけではなく、インフラを含めた社会全体の問題として取り組む必要があるからです。また、ガソリン車に比べてEVは充電に時間がかかるため、本格的に普及していったときに問題となるであろう充電の順番待ちはどうするのか。こういった社会的な議論についても、まだまだ十分とは言えません。一方、タンクに水素を充填するFCVであれば、チャージにかかる時間はガソリンと同等ですし、バスやトラックといったヘビーデューティな車両については、EVよりもFCVのほうがマッチングがいいという側面もあります。

宗平 つまり一概に「これからはEVの時代だ」というわけにはいかないと。しかし、いまや世界屈指の市場に成長した中国がNEV(New Energy Vehicle)規制を押し進めることで、急激なEVシフトが来るという予想もあります。

清水 EVは排出ガスがないため、大気汚染という観点からみれば非常に有用です。しかし一方で、化石燃料を燃やして作った電気で走らせることにどれだけの意味があるのかという議論もある。再生可能エネルギーを上手に活用していくことが求められています。先ほどの充電時間の問題を解決する技術として、現在の急速充電設備をさらに上まわる出力で充電する超急速充電という技術も出てきていますが、大電力を必要とする超急速充電をあまねく整備できるのか。そして多くの車両が電力に余力のある夜間ではなく、昼間に電気を使うことのリスクも考えなければならない。このように、内燃機関を将来的に新しいエネルギーに置き換えていくためには、ひとつの技術ですべてをカバーするというのは難しい。やはり、地域や使用用途、目的に合わせた技術の棲み分けが求められるのではないでしょうか。

宗平 EVやFCVは対立構造にあるわけではないということですね。少し技術的なお話を伺いたいのですが、電動化車両の技術的な課題というのはやはりバッテリーにあるのでしょうか。

清水 はい。バッテリーが進化し、エネルギー効率が上がれば同じスペースでもよりたくさんの容量を搭載できるようになります。そうすればもっとクルマの使い勝手も含めていいものができるのではないかという部分はあります。また、色々な車種への展開もしやすくなるでしょう。

宗平 バッテリー以外にもモーターやインバーターなど、電動パワートレインを構成する部品はありますが、そういった部品の進化では、賄いきれないということですね。

清水 じつはすでに現状でもモーター側はかなりハイエンドな内容になっています。ドラスティックに性能を高めるのは難しいかもしれません。インバーターにおいては、SiC(炭化ケイ素)を部材として取り入れることで、高効率化、省スペース化は期待できます。こちらは、クラリティFCVの電圧コントローラーに採用しています。電圧コントロール技術とインバーターの技術が進めば、より高出力化はできると考えています。

宗平 やはり大きな伸びしろを期待できるのはバッテリーということになりますね。全固体電池などの将来技術について見通しはどのようになっているのでしょうか。

清水 バッテリーについてはホンダもいろいろと将来技術の研究・開発に取り組んでいますが、当面リチウムイオン電池を進化させていく方向です。空気電池などのその他の電池については、もう少し先になるかと思います。いまお話に出た全固体電池も、リチウムイオン電池の一部ですが、これは従来液体だった電解液を固体にすることで、高性能が期待できるという技術です。ただこの実用化についても、そう簡単ではありません。実用化の先にも、大量生産化、車載化など、まだまだ越えなければならないハードルはたくさんあります。一方で、いつブレイクスルーが起きるのかわからない分野ですので、今後も状況をしっかりと見ていく必要があります。

宗平 なるほど。ホンダ・ファンのなかには、いわゆるクルマ好きがたくさんいらっしゃいます。そうしたホンダは高性能なエンジンを作るブランドというイメージを持たれる方のなかには、パワートレインの電動化が進んでいくことで、今後エンジンがなくってしまうのではないかと、不安を感じる声もありますが。

清水 「2030年ビジョン」の世界が実現したとしても、まだエンジンだけを動力にするクルマは30%以上残っているわけですし、そんなに心配する必要はないと思います(笑)。もちろんPHEVにもエンジンは搭載されますから、エンジンがやらなければならないことはまだまだあります。今後もエンジンは進化すると思っていただいて大丈夫です。将来的には内燃機関を新しいエネルギーに置き換えていかなければいけませんが、そのためにはひとつの技術では難しい。技術のダイバーシティが大切なのです。エンジン、PHEV、EV、FCVなど、それぞれの技術が共存し、各々の得意なところを伸ばしていく、そういったクルマ社会にならなければいけません。

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ホンダを代表するスポーツモデル「NSX」は、エンジンに3基のモーターを組み合わせた「SPORT HYBRID SH-AWD」によって、ハイパフォーマンスと環境性能、そして高いドライバビリティを兼ね備えている。(写真:ホンダ)

 

宗平 安心しました。確かに、フォーミュラEのような電動パワートレインを主役にしたモータースポーツも発展しつつありますし、電動化が進むことで、4輪個別のトルクベクタリングのような高度な車両制御技術が登場し、スポーツモデルの性能が劇的に進化するという可能性も期待できます。パワートレインだけでなく、クルマというプロダクト自体にも、移動のための存在、環境車だけでなく、我々を楽しませてくれる趣味性や嗜好性のあるモデルが共存するような、多様性のある未来を期待しています。本日はありがとうございました。

 

 

【対談者プロフィール】

清水 潔
株式会社本田技術研究所 四輪R&Dセンター LPL 主任研究員

 

宗平光弘
株式会社プロトコーポレーション 常務取締役
ITソリューション部門担当。「2018-2019 日本カー・オブ・ザ・イヤー」実行委員。当サイト「PROTO総研/カーライフ」の所長を務める。