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PROTO総研/カーライフ インタビュー

今回のテーマは、『Mobility as a Service(MaaS、マース)』。「サービスとしてのモビリティ」や「モビリティのサービス化」と翻訳される、いま自動車ビジネスを語るうえで欠かせない、もっともホットなキーワードのひとつについて、モビリティジャーナリストの楠田悦子さんを迎え、MaaSが日本のモビリティ社会をどのように変化させるのか、そしてその背景にある、変化するユーザーの価値観について話を伺った。

移動革命「MaaS」が日本のモビリティ社会をどのように変えるのか 2018.7.19

欧州生活で実感した「MaaS」がもたらす価値

(出演者すべて敬称略)

宗平 「MaaS」について調べているなかで、楠田さんが「MaaSの生みの親」と呼ばれているSampo Hietanen氏にインタビューを行なった記事を読みまして、これはぜひ一度お会いしてお話したいなと。日本で「MaaS」という言葉に注目が集まるようになったのは、トヨタ自動車の豊田章男社長が2018年1月にCESで行なったプレゼンがきっかけだったと考えています。豊田氏の「私はトヨタを、クルマ会社を超え、人々の様々な移動を助ける会社、モビリティ・カンパニーへと変革することを決意しました」という言葉には非常にインパクトがありました。ここで改めて、楠田さんから「MaaS」について、どのようなものなのかを解説していただけますでしょうか。

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トヨタがCES 2018で発表したモビリティソリューションコンセプト「e-Palette」(写真:トヨタ自動車)

楠田 まず「MaaS」は、『Mobility as a Service』の略語です。提唱したのは、先ほど宗平さんがお名前を出されたフィンランド人のSampo Hietanen氏さんだと言われています。この方が創業したベ ンチャー企業「Maas Global(マース・グローバル)」は、レンターカーや公共交通機関といったさまざまな移動手段をスマートフォンアプリ「Whim(ウィム)」を通じて一括して予約や決済できるサービスを提供しています。移動手段のサービスも通信産業と同じ進化をたどっていると言われています。これまで自動車サービスや公共交通機関はバラバラでした。オープンデータ、オープンAPIにより市場を開放し、第三者のオペレーターがあらゆるモビリティサービスを組合せて、クルマを保有するよりもリーズナブルで、より良い生活が実現できるのではないかという考えに基づいています。フィンランド交通通信省も今年7月1日から「輸送サービスに関する法律」を施行させ、新たなフレームを作って後押しをしています。

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「MaaS」のキーマンであるSampo Hietanen氏が創業したMaas Global社のWEBサイト

 

宗平 日本で行われている「MaaS」に関する議論では、自動運転によってクルマがロボット化し、公共サービスのような形に変化していくというような論調が目立ちます。

楠田 そうですね。ヨーロッパで行われている「MaaS」と、日本で考えられている「MaaS」では、捉え方が若干違うように思えます。したがって、MaaSは自動運転でもカーシェアでもないんです。

宗平 日本は自動車産業が盛んだという背景もあって、「MaaS」は「既存の自動車ビジネスを脅かす脅威だ」という声も聞かれますね。楠田さんはスイスに留学されていた経験をお持ちですし、ヨーロッパ的なモビリティの考え方について肌感覚でご理解されている部分もあるのではないかと思うのですが。

楠田 そうかもしれません。私が生活したスイスは、EU諸国のなかでも鉄道密度の高い国で、バスやトラム、BRT(連節バス)などといった交通手段の乗り換えを一元検索できるシステムが早くから実現していたこともあり、非常に移動がしやすい国なんです。さらに、年間パスがあれば、切符をいちいち購入する必要もありません。暮らしを心豊かに過ごすために、都市と公共交通が一体となってデザインされていました。

宗平 それは非常に便利ですね。ヨーロッパでは、モビリティの主役はクルマだという印象がありましたが、クルマを所有していないひとでも、いろいろな交通手段を使うことで、不自由がないような社会になっている。

楠田 はい。個人の生活における幸福が、どうすれば最大化されるのか。そういった観点がまずあって、個々の移動手段がどうあるべきかについて議論が行われた結果なんです。そしてスイスでは、そういった議論を国民がほんとうに活発に行うんですね。こうした国民性のようなものも、優れたモビリティサービスが生まれた素地としてあるように感じました。単純にスイスという国が優れているという話ではなく、欧州にはずいぶん前からCtoCをつなぐエコノミーシェアリングがたくさん存在します。私もドイツでそういったサービスを利用したことがありますし、はじめて出会うひとと道中に交わすおしゃべりが楽しいので、いまでもときどき使っています。欧州における「MaaS」は、これまでアナログで行われてきたことを、デジタル技術を使ってもっと便利にしようということなんですね。

 

日本版「MaaS」のあるべき姿とは

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宗平 クルマを所有せずとも、クルマによる移動の自由、利便性を享受できる仕組みづくり。それがヨーロッパにおける「MaaS」の本質ということですね。たしかに、いま日本で行われている「MaaS」の議論はテクノロジー主導型で、生活者的な目線に乏しいのかもしれません。

楠田 日本では、議論の主体となるのが、サービスを受ける国民ではなくサービスを提供する側の企業や行政であることが多く、社会課題の解決といいつつも、どういう社会にしていきたいのかというビジョンについては、議論を進めるのが苦手という印象があります。しかし、「だから日本はダメだ」という話ではまったくなく、日本ほど治安がよく、経済が充実している国は、世界中を見渡してもありません。それは、先達が一生懸命にこの国を作り上げてきた努力の賜物です。その日本流の哲学をもって、この国にフィットするモビリティのあり方を議論すべきだと思います。

宗平 そうですね。従来「ガラパゴス化」という言葉はネガティヴな意味で使われてきましたが、ユニークであることは決して悪いことではない。若手官僚の中にも、日本らしさを受け入れた上での国づくりを進めるべきだという意見を持つ人が多くでてきています。

楠田 例えば「Suica」のような交通系電子マネーは日本独自のものですが、現在ではキャッシュレス的にも使える非常に便利なものへと進化しました。

宗平 地域ごとに作られた交通系電子マネーがいまや全国でほとんど共通して使えるようになって、私鉄やバス、タクシーでも利用できる。これはある意味で「MaaS」的ですよね。実際、日常生活は非常に便利になりました。日本の社会問題としては、世界でもっとも加速していると言われている高齢化、そして地方の過疎化がありますが、それを「MaaS」と結びつける発想もなされています。路線バスの代わりに自動運転化したロボットカーで補おうということで、それはそれで実現すれば素晴らしいことなんだけど、実際には完全自動運転が実用化されるのにはまだまだ時間が必要だというのが現状ですよね。

楠田 高齢者の踏み間違え事故がクローズアップされて、免許証を返納しようといったムードがある一方で、もしテクノロジーの問題で完全自動運転の実現が先になるのであれば、クルマに代わるモビリティを提供しなければ、買い物にもいけないわけで、「閉じこもり」といった別の社会問題を加速させる要因にもなります。

宗平 公共交通機関がなくなった地域での代替交通手段として、買い物や病院への送迎をサポートするボランティアタクシーという取り組みが地方自治体によって行われています。これも「MaaS」の日本的なあり方のひとつなのかもしれませんね。ハイテクありきではなく、生活者の目線で考えることで、モビリティ社会をもっと豊かにする方法は見つかると思います。

 

若者の心は本当にクルマから離れているのか?

宗平 今日、楠田さんにお会いするということでぜひ伺いたかったのが、「若者のクルマ離れ」についてです。楠田さんのような若い世代がクルマを所有することについてどう考えているのか、率直な意見を聞かせてください。

楠田 まずひとつ言えるのが、若者はクルマに興味がないわけでも、乗りたくないわけでもないんです。クルマとの向き合い方、楽しみ方が変わってきていて、所有するステイタスよりも、どう移動を楽しむかが大切だと思っています。

宗平 現在はクルマをお持ちでないということですが、クルマに乗る機会はありますか。

楠田 ありますよ! レンタカーやカーシェアリングはよく利用します。クルマには移動の自由がありますから。でも、新車を購入して所有するということに価値をあまり感じないんです。例えば、私は身につける洋服やアクセサリーは新品にこだわりません。このネックレスもお婆ちゃんから貰ったものなんです(笑)。DIYだったり、自分らしくカスタマイズしたり、自分の暮らしをクリエイトしていく能力は、もしかしたら昔よりもいまの若い人たちのほうが高いかもしれません。クルマも同じで、ありきたりな新車よりも、前の持つ主が愛情をかけた中古車のほうが、味があって格好いい、むしろ欲しいと思います。もっと言えば、その時の気分とか、いっしょにいる友達とかに合わせて、洋服みたいにクルマが選べたらいいのにっといつも思っています。

Privates Car Sharing: Die neue A-Klasse ist für privates Car Sharing schon vorbereitet: Über Mercedes me lässt sich der neue Kompakte mit Freunden und Familienmitgliedern teilen. Die Bedienung erfolgt einfach und sicher über die Mercedes me App Car Sharing von Mercedes-Benz. Private car sharing: The new A-Class is already set up for private car sharing: Mercedes me allows the new compact car to be shared with friends and family members. Operation is simple and secure using the Mercedes me app Car Sharing.

欧州で発表されたメルセデス・ベンツの新型Aクラスには、家族や友人同士でカーシェアリングするための機能が備わっている(写真:メルセデス・ベンツ)

宗平 私自身はクルマを所有することが喜びで、新しいクルマを買うとなれば非常にワクワクする世代なので、まさにジェネレーションギャップを感じます(笑)。洋服のように、シーンに合わせてクルマを選びたいというアイデアは、それこそ「MaaS」的ですよね。クルマは移動する手段であり、生活を豊かに楽しくするための道具だと。所有することはそれほど重要ではないわけですね。

楠田 そのとおりです。選択肢が増えることで、より自分の暮らしをクリエイトしていけるようになれば嬉しい。もちろん、全員が全員そうではなくて、愛犬のようにクルマを可愛がる人がいてもいいですし、生活圏にも大きく左右されると思います。公共交通機関が利用しにくい地域ではシェアよりも所有の方が向いているでしょうし。

宗平 モビリティ社会が多様性とユーザビリティを高めていくことが、若者から高齢者まで、幸福な社会を形成することに繋がっていくのだということがよくわかりました。本日はありがとうございました。

 

【対談者プロフィール】

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楠田 悦子
モビリティジャーナリスト

 

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宗平光弘
株式会社プロトコーポレーション 常務取締役
ITソリューション部門担当。「2017-2018 日本カー・オブ・ザ・イヤー」実行委員。当サイト「PROTO総研/カーライフ」の所長を務める。