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PROTO総研/カーライフ インタビュー

「PROTO総研/カーライフ」を運営するプロトコーポレーションと慶應義塾大学経済学部・大学院経済学研究科 星野崇宏研究会は、WEBサイトにおける利用客のページ閲覧行動からCV(コンバージョン:会員登録や商品購入など、ECサイトにおける成果目標)達成に関わる要因を抽出して成果向上を目指すマーケティング研究のひとつのケースとして、「グーネット」を対象とした共同研究を行い、人工知能学会において「行動経済学的な知見を用いた消費者の情報探索行動の予測とレコメンデーション法の開発」を発表した。今回は、人間の活動をデータ化し、分析することで新しい価値を生み出す「ビッグデータ社会」について、そして活発化する企業と大学との共同研究について話を伺った。

人間の活動をデータ化、分析することで新しい価値を生み出す「ビッグデータ社会」 2017.8.21

「ビッグデータ社会」が生み出す変革とは

(出演者すべて敬称略)

清水 昨今、インターネットにつながる情報端末やICタグなどのセンサー、デジタル家電など、IOT化の潮流とともに、人間の活動をデータ化し、分析することで新しいビジネスやサービスに役立てようという「ビッグデータ社会」が到来していると言われています。このような社会構造の変化について、どのような変化が起こっているのか、ご見解をお聞かせいただけますでしょうか。海外との比較も含めご解説いただけますと幸いです。

星野 ここでは小売流通での具体的な話を1つ例として申し上げますと、FMCG(Fast Moving Consumer Goods:日用消費財)を扱うスーパーマーケット等の小売業は、日本では海外と比べて利益率が非常に低いという課題があります。たとえば米国の小売業の売上高利益率は7~8%ある一方で、日本では3%以下が一般的です。これは、人員、流通、広告とあらゆる項目で無駄が多いこともあるのですが、大きな差が生まれている要素のひとつに不適切な価格戦略があります。依然としてカンの世界で価格を決めており、またデータやファクトに基づかず「値引きをしないとお客さんが離れて行ってしまう」という強固な信念のようなものがあるようです。もちろん値引きをして売上が一時的に取れるのは事実ですが、必要以上に値引きをしていないでしょうか? またそんなに簡単に他店舗に流れるのでしょうか? 専業主婦が減っている現状で、チラシを見て何店舗も買いまわりをしている顧客はそんなに多いのでしょうか? 値引きをしなくてもよい商品まで値引きしていないでしょうか? 例えばこの問題について我々が企業と共同研究した案件として、顧客の位置情報データを利用して競合店舗に行ったかどうかを調べたものがあります。その研究によると、顧客は思った以上にはチラシなどで広告が打たれた目玉商品を買うためにわざわざ来店はしていない。売れても、もともと頻繁に来る客がより多めに買うことが主因の場合が多いです。裏を返せば、自社が値引きをしないと競合に流れるかと言えば、それほどでもない。値引きするとたしかに売り上げは少しは増加するので、期末になるとスーパーであればメーカーさんに対してイベントや値引きを要求するわけです。そうでないと競争に負けてしまうと思っていますから。そして結果として、業界全体が必要以上に価格感を下げて、メーカーを含め利益率を落とすという結果につながっているということはあるようです。

清水 消費者の行動を数値化、ビッグデータ化して分析することで、これまでの商習慣が本当に正しいものなのか、検証が行えるということですね。しかし、習慣というものは、まさに身に染みついているものですから、変革を実行に移すためには人事評価制度の見直しも含めて、相当な意識改革が必要でしょうね。

星野 まさにおっしゃるとおりです。人事評価においても、さきほどの値引きの例では営業・セールス担当は売り上げの昨年度比(昨対比)によって人事評価がされる場合が多いですよね。期末までに昨対比を上げたいと思ったら、利益率を無視で値引きすればいいわけですが、これでは会社全体では利益率が落ちるわけです。本来であれば、最終的に利益につながるような施策を打ち出した人を評価するシステムが望ましいのですが、これまでは難しかった。しかしデータを活用し、個人ごとのアクションがどれだけ利益を生み出しているかを可視化することによって、だんだんと可能になってきつつあります。すでに外資系企業を中心に先端的な企業では取り入れ始めていまして、今後これができない企業はどんどん淘汰されていくのではないでしょうか。単にデータを活用するというお題目だけではダメで、それによってより利益を上げる方向に人と組織を動かすインセンティブと紐づかないとうまくいきません。

清水 ますますグローバル化が進むなかで、スピード感を持ってあるべき方向に進むためにも、データの活用とそれを生かすための組織づくりが重要になるということですね。日本では利益を出すと税金を取られるということで、長く利益を圧縮する方向にありましたが、経済産業省が取り組む「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクトの最終報告書として「伊藤レポート」をまとめ、これからのコーポレート・ガバナンスの在り方を示したように、これも変わり始めている。企業側の意識が昔のままでは絶対にいけない。こちら側も変わっていかないと。

星野 無駄を省くという合理化と同時に、過剰なサービスを改めることも必要かと思います。コンビニエンスストアの24時間営業についてその是非が話題となりましたが、利益にならないことから業界全体で脱却し、より創造的な仕事、新しい仕事に手をかけていただきたい。そのためにもファクトから意思決定をすることが必要です。データを活用することをインセンティブと紐づけて実務に生かす。これが「ビッグデータ社会」による変革ではないでしょうか。
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ビッグデータを活用するためには、個人が生み出す利益を可視化し、それを正しく評価する組織づくりもあわせて必要となる

高いポテンシャルを秘める「企業共同研究」

清水 続いて産学連携、企業との共同研究についてのお話を伺いたいと思います。社会構造が変化し、それに伴って競争が激化する状況においては、先ほどのお話のとおり従来型の価値観のままでは生き残ることは難しいと認識しています。そのため、いわゆる20世紀型の生産構造から脱却し、新しい価値を創造してくためにも「企業共同研究」の役割はますます大きくなるのではないでしょうか。これまで星野教授は多くの「企業共同研究」の実績をお持ちですが、企業と大学における研究戦略のトレンド、ニーズの変化などについてご解説いただけますでしょうか。

星野 私が研究者として独り立ちしたのは2004年のことなのですが、統計学や心理学、データを活用したマーケティング(マーケティング・サイエンスと呼ばれます)の研究をしているうちに企業の方々からお声がけをいただくようになり、共同研究が増えてまいりました。最初はコンサルティング会社、市場調査会社、プロのマーケッターの方々が中心だったのですが、ここ数年では一般企業の方からのお話が増えています。というのも、IT化が進むのと同時に一般企業がどんどんとデータを持ち始めて、それを活用したいというニーズが高まっているからです。また、一般企業でもデータ分析に関する知識をお持ちの方が在籍するような会社が増えていますね。広告代理店等からの提案が本当に良いのか、代案がないのかを自社で事前にリサーチする、あるいは事後評価するようなレベルの企業も大手ですとあります。
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清水 私が新人だった頃は、データもないし、マーケッターという職種もありませんでしたから、広告代理店等からの提案を飲むしかありませんでした。調査結果についても、当時は検証する手段も知見もなかったため、企業としては広告代理店の提案内容を信頼するしかない状況でした。最近ではおっしゃられたように企業側が独自に検証を行ったり、広告媒体もTVCMだけではなくWEBが登場したり、大きな変化がありました。
先ほど、一般企業との共同研究が増えたというお話でしたが、研究内容についても専門的な調査会社とは違ってくるのではないでしょうか。

星野 そうですね。いまでもコンサルティング会社や市場調査会社の方々とも共同研究をさせていただいておりますが、そのような企業では数理的なモデルや分析法を改善するというニーズが多いです。一方、一般企業の方々のニーズは新製品開発、広告販促、CRM(Customer Relationship Management:顧客管理)など、より具体的です。これはこれでシンプルな方法とわかりやすい結果が求められますが、実際に顧客への介入が可能だという点は非常に面白いです。具体的な競合他社への情報漏洩が問題となるため論文や学会発表ができないような案件もありましたが、リアルな課題なのでそれがいずれは研究にも活きてくることも多いです。

清水 社会に対してより直接的な働きかけができ、リアルワールドでの検証が行えるということですね。