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PROTO総研/カーライフ インタビュー

持続可能なクルマ社会のために不可欠とされる、電動化と化石燃料に代わる代替エネルギー。その本丸として、自動車メーカーと国が連携して開発を続けられているのが水素で発電を行う燃料電池自動車だ。今回は、世界初の市販燃料電池自動車であるトヨタ MIRAIのチーフエンジニアを務めた田中義和氏のもとを訪れ、MIRAI開発時のお話、そして燃料電池自動車の今後についてお話を伺った。

水素社会実現の鍵となる燃料電池自動車の現状と未来 2017.6.26

宗平:本日はお忙しいなか、ありがとうございます。MIRAIは世界で初めて市販された燃料電池自動車として注目されています。非常に先進的なクルマですが、このような画期的なクルマを開発するにあたり、プロジェクトを取りまとめられた田中さんには色々とご苦労があったかと思いますがいかがでしょうか。

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田中:クルマを設計するにあたっては、パッケージングという、それぞれのユニットをどのようにレイアウトしていくのかを決める作業が始まりになります。燃料電池自動車には、水素を蓄えるためのタンクを搭載する必要があるのですが、タンクが水素を高圧で閉じ込めるために円筒形となっています。円筒形のものを車内にレイアウトするとなると、どうしても制約が出てくるのですが、乗降性や居住性、ラゲッジスペースをいかに犠牲にしないようにするかは苦労しました。
それに加えて、これまでのガソリンエンジンと違い、燃料電池の技術がまだ十分確率されていないことで、水素から電気を作り出すためのFCスタック(燃料電池スタック)も、想定していたサイズよりも大きくなってしまいました。それによってパッケージングやスタイリングにも影響がありました。MIRAIは全高が1535mmあります。通常であればセダンで全高が1500mmを超えることは稀で、これはミニバンやSUV、クロスオーバーのようなサイズです。もちろん、各々のユニットを開発している人間がいちばん苦労しているのですが、私としても、品質やラインオフのタイミングを確保しながら全体のプロジェクトをアレンジしていくのはチャレンジングな仕事でした。

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MIRAIのユニットレイアウト図。床下のFCスタックと後席後方の水素タンクの配置がよくわかる。
Photo: トヨタ自動車

宗平:なるほど。従来から開発されてきた自動車とはユニットの形状やサイズ感が違うため、パッケージングも燃料電池自動車ならではのものが求められたというわけですね。確かに、MIRAIに乗り込んだときにフロアが通常のセダンよりも高いというのは私も気がつきました。車両のスタイリングからは想像できなかったものですから、余計に印象深かったのかもしれません。

田中:スタイリングについてもぜひ聞いてほしいお話があるのですが(笑)、話を進めさせていただきますと、乗り心地や静粛性といったセダンに求められる商品性を、燃料電池自動車という特殊性とどうやって両立させるかというところにも非常に注力しました。
例えば静かさというのには二つありまして、音で感じる静かさと振動の少なさからくる静かさです。燃料電池自動車は、エンジンを積んでいないので音の面では静かですが、乗り心地のフィーリングにおいても、少々路面が荒れていても、氷の上を滑るように走らせたい。そのためにはリヤサスペンションの能力が大切です。トヨタには走安性や静粛性に有利なダブルウィッシュボーンの技術があるので、それを使いたかったのですが、ユニットを配置する関係上、横幅が取れず使えなかった。そこでトーションビームを使うことになったのですが、燃料電池自動車であることはこちら側の都合、理屈ですから、ハンドリングが悪い、乗り心地が悪いことへの言い訳にできない。そもそも燃料電池自動車は水素ステーションがないと乗れない乗り物ですから、そういった制約を差し置いてでも乗りたいと思ってもらえるかが重要です。豊田章男社長からも、『環境車の環境性能がいいのは当たり前。Fun To Drive(ファン・トゥ・ドライブ)でなければならない』という言葉をもらっていました。

宗平:技術のショウケースではなく、1台のクルマとして魅力的な商品であれ、ということですね。私も実際にMIRAIに試乗させていただいて、走らせて印象的だったのが、ハンドリングがよくコーナーが連続するようなシチュエーションでもスムーズに駆け抜けられたことです。それと、いわゆるボディ剛性が高いと感じました。とくにフロアのしっかり感は抜きん出ているのではないでしょうか。燃料電池自動車という環境に配慮したクルマであるという先入観があったので、初めて乗ったときは感動的ですらありました。

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田中:これまでトヨタ車は、欧州車に比べてとくにねじり剛性が高くないと言われてきましたが、MIRAIでは剛性の強化と低重心をテーマに、開発の目標値を設定しました。2015年に発売された4代目プリウスから導入されたTNGAではどちらも従来型に比べて大幅な改善を実現しましたが、MIRAIのプラットフォームはTNGAではありません。従来のミッドサイズクラス用のプラットフォームを改良することで、6割ほど剛性値を高めています。
燃料電池自動車ということで、衝突安全性に対するケアはしっかりと行う必要があり、燃料電池スタックを支えるフレームは、鉄とカーボンコンポジットでしっかりとしたものを作り、それを車体に結合することで車体剛性そのものも高めました。また、リヤサスペンションの付け根からフロアに向けて4本の筋交いを渡しています。じつはこれは燃料電池搭載とは関係ないのですが、操縦安定性を高めるために採用したのです。
MIRAI発表の際にはタイミング的にお話できなかったのですが、このような車体構造に関する考え方はTNGAにも通じるといいますか、TNGAの一部を先行してMIRAIに採用したような形になっています。MIRAIのパワーは、それほどではありませんが、高剛性と低重心によって山道では結構速く走りますよ(笑)。

宗平:それは感じましたね。それにしても、燃料電池に関するお話がメインになるかと想像していたので、クルマづくりにおける本質的なところに力を入れたというお話を伺って少々驚きました(笑)。
2014年11月の発売から2年以上が経過し、街中でもMIRAIを見かけることが多くなってきました。ユーザーからのフィードバックも届いていると思いますが、どのような声がありましたでしょうか。

田中:嬉しい反応としては、コーナリング走行が良い、静かで乗り心地が良くて、いい意味で期待を裏切られたという声を多数頂戴いたしました。やはり走って楽しいということがクルマには求められているのだということが、皆様からいただいたご意見により改めてわかりました。一方で、先ほど宗平さんもご指摘されていましたが、ヒップポイントの高さについては、もう少し低い方が良いという意見も届いております。我々は燃料電池自動車につきましては、MIRAIにとどまらず継続的に取り組んでいくつもりですので、今回実現できなかった課題については、今後解決すべきミッションとして受け止めております。

宗平:世界初の量産ハイブリッド乗用車として初代プリウスが登場したのは1997年でしたが、それから20年が経ち、ハイブリッドカーはある意味で当たり前の存在になり、新型プリウスはクルマとしての魅力を高めるべく根本から改良したと伺いました。燃料電池自動車が同じように普及していくためにも、ユーザーに「欲しい」と思わせてくれることは大切ですね。

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田中:関連してもう少しだけクルマのお話をさせていただくと、MIRAIは非常にデザイナー泣かせのクルマだったのです。いうまでもなくクルマにとってデザインは重要です。しかしMIRAIは全高が1535mmあって背が高い。それをシャープな印象にまとめるために、「だまし絵」的な要素を入れています。Aピラーから6ライトのサイドウインドウ、Cピラーまでブラックアウトし、ルーフもあえて黒にすることで、ボディの厚みを感じさせないようにしたのです。車両を真横から見ると、フロントからヘッドライトを通りボディサイドまで、黒いラインが通り抜けているのがわかると思います。これを実現するためにドアミラーアウターも一部黒で塗り分けているのです。当然コストがかかる部分ですから、社内では待ったをかける声もありました。しかし、これがあるのとないのとではクルマ全体の見栄えが大きく違います。ルーフもできるだけスリーク(なめらか)に見せるべく、ギリギリの日程まで構造を検討しました。その甲斐あって、非常にスタイリッシュにまとめることができたと思います。

宗平:2015年の東京モーターショーでMIRAIが登場したとき、従来のクルマとは違った特徴を持ちながらも美しくまとめられたデザインを見て、まさに自動車の未来を感じさせるクルマが登場したと感激したことを覚えております。エコカーをリードするMIRAI、ハイブリッドカーとして広く浸透するプリウス、そして両者をつなぐ存在として双方の特徴が上手に受け継がれたプリウスPHVというデザイン戦略も、非常に感心させられました。

田中:ありがとうございます。