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PROTO総研/カーライフ インタビュー

「PROTO総研/カーライフ」を運営するプロトコーポレーションは、2016年4月より名古屋学院大学 経済学部に、クルマ・ポータルサイト「グーネット」のデータを提供し、名古屋学院大学 経済学部の「企業連携型」教育カリキュラムに年間通じて参画する産学連携を行なっている。これは、ビジネスに革新をもたらす人材を育成することを目的とし、必要な経験やスキルを、実践を通じて養う機会の提供に貢献しているといえる。その取り組みが1年を経過したいま、これまでの振り返りを含め、改めて名古屋学院大学 経済学部に話を伺ってみることにした。

チームプレーを意識したカリキュラムで
ビジネスに革新をもたらす人材を育成する 2017.6.7

大学機関を取り巻く環境の変化と
文系教育の抱える課題

(出演者すべて敬称略)

清水 本日はお忙しい中、有り難うございます。この度は、プロトコーポレーションとの産学連携における取り組みにご協力いただき有り難うございました。2016年4月から1年をかけて取り組んでまいりましたが、まずは、貴学がお考えになれられている大学機関が抱える問題意識等を、改めてご意見をお聞かせいただけますでしょうか。

大石 いま、これまでにないほど大学教育、とりわけ社会科学系を含めた文系学部教育の存在意義が問われているように思います。大学教育が産業界のニーズに応えきれていないことが、その背景にあるのでしょう。これまで大学機関は、様々な学問領域における専門家が教育に従事し、豊かで幅広い教養を提供することが第一の目的であり、学生自らがそのような教育に能動的に関わることで、社会人としての基礎が得られると考えてきました。
しかし、近年、大学教育を取り巻く環境は大きく変化しました。知識や情報は手元のスマートフォンを通してインターネットからいくらでも入手できる世の中になっています。また経済構造・産業システムを根底から見直すべき時期に入り、これから何をしなければならないかをゼロベースから考え、企画しなければならない時代となっています。それを反映して、産業界が求める人材像は大きく変化しています。2006年に経済産業省が社会人基礎力の必要性を提言しましたが、社会人基礎力を構成する3つの能力として、「アクション」、「シンキング」、「チームワーク」があげられています。

清水 確かに、時代の移り変わりによる構造の変化は、社会のいたるところで起きています。とくに情報化社会の到来は、従来の常識を大幅に塗り替えるインパクトのあるものでした。かつてはたくさんの知識を蓄えることで「もの知り」、「博識」と讃えられる時代がありましたが、いまでは、ただ知識や情報を知っていることそのものの価値は低くなってしまいましたね。情報をどのように分析し、活用するのか、そのようなスキルがとくにビジネスパーソンには求められていると思います。

大石 そうですね。大学進学率がここまで高まったいま、社会人への入り口にある高等教育機関としての大学は、教育システムを整備し機会を提供する準備をしただけでは不十分です。ともすれば高校までの教育は、教師から与えられた問題をいかに早く処理できるかに重きが置かれていました。そのような教育は、自分ひとりで処理することが一番手っ取り早く、チームで作業する力、つまり「チームワーク」はかえって邪魔になったかもしれません。自ら一歩を踏み出す力、社会人基礎力でいうところの「アクション」や、自ら問題・課題を発見し解決策を考える力である「シンキング」を磨くには、座学や実習だけではなく、それにあった教育の場を提供していかなければなりません。名古屋学院大学 経済学部は、産業界からの要請にしっかりと応えられるような大学教育の実践ができるよう日々改革を実現しています。

清水 2009年に大学への入学希望者総数が定員を下まわって「大学全入時代」という言葉も生まれました。学生たちが大学に行く意義、モチベーションにも変化が起きていると思われますが、そのあたりは肌感覚でいかがでしょうか。

大石 ひとつ象徴的なのが、授業中の光景です。現在の学生は、授業中とても静かなのです。かつては、授業に集中できずに私語を交わす者がいましたが、現在そういった学生は、手元のスマートフォンの世界に入り込んで、自己完結しています。

清水 しかし、社会に出たらそういうわけにはいきませんね。

大石 おっしゃるとおりで、人との付き合い方がわかっていない、経験できていない学生が増えているように感じます。自分ひとりで完結する仕事なんてありませんし、できるからといって全部自分でやるものではありません。そういったことの背景には、核家族化や少子化もあるでしょう。また、問題を手早く処理するのがいい子であるという現代の教育方法も関係あるのかもしれません。

清水 先日、当社の新入社員が研修を終えてそれぞれの配属先へと旅立っていきましたが、研修の初期では、ひとりひとりは優秀なのに、グループにするとお互いを指摘しないし、先に進まないということがありました(笑)。これまでの学習によるのか、現代ならではのソーシャル的な防衛策なのか、集団のなかでは個性を消しているのです。ところが、社会に出ると相反するわけですから、そういう若者は疲れてしまってドロップアウトする危険があります。研修では、仲間で助け合いながら、自分ひとりではないということを実感してもらうことを大切にしています。

大石 社会的には人格を否定するようなことは避けるべきだという風潮がある一方で、経済的な競争はますます厳しさを増しています。競争意識をしっかりと持ち、ビジネスに対し貪欲な姿勢を持たなければ、企業の求める人材という部分とも合致しなくなります。もはや大学の4年間は、学生が自由な時間を過ごすモラトリアムではなくなっているのです。

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ゼロベースから答えにたどり着く
考え抜く力を身につけるカリキュラム

 

 「大学全入時代」等の社会変化や、学生の意識の変化に適応するアプローチとして、名古屋学院大学 経済学部では、様々な企画を立案されているわけですね。とりわけ協力企業のサポートを得て、現場の第一線で働くビジネスマンとともに問題を解決していく「企業連携型」教育カリキュラム設立の目的等を教えていただけますでしょうか。

大石 本学を含めた現代の学生の多くは、大学教育での学びが自分の将来にどう役立つか、あるいは役立てるのかを深く認識しないまま、単位修得にいそしんでいる傾向にあると思います。では、そのような学生をいかに即戦力になりうる人材に育てるか、これが、私たちが考えるべき大きな課題となります。とても難しい課題です。しかし、シンプルに、大学を卒業して産業界に入った人たちは如何にして戦力になっていくのかを考えると、それがヒントになるのではないでしょうか。

 

清水 いまの学生たちはそれぞれに優秀ですし、意欲もあります。しかし、社会に出てすぐに能力が発揮されるかといえば、必ずしもそうではない部分もありますよね。先ほどお話に上がった経済産業省の提唱する社会人基礎力は、まさしくこの問題に焦点を当てるものですし、ビジネスの現場としては歓迎すべき流れだと考えています。

大石 新入社員は、仕事や目的が与えられても、それを成し遂げるためのスキルはもちろん、方法や手段さえも知らないことが多いと思います。そんな彼らが仕事をおぼえ、戦力になるには、多くの場合は上司や先輩と一緒に仕事をする中で、彼らの仕事のやり方を見ながら、また指示や指導を受けつつ、仕事をやり遂げる方法や手段、そしてスキルなどを身に付けることになるはずです。同時に不測の事態に対して臨機応変に対応するために不可欠な経験も積んでいくことになります。要するに、“働きながら”、方法や手段、スキルなどを身に付けて戦力になっていくわけです。これは“Learning By Doing”と呼ばれています(これに似た概念として“On the Job Training”があります)。

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Photo: 名古屋学院大学 企業連携型授業風景
社会人として求められる能力やスキルを働きながら身につける「Learning By Doing」。同時にチームワークの必要性についても実感する場となっている。

 

清水 たとえばプロジェクトマネージメントの分野では、与えられた期間でリソースを活用しながら目標を達成することが求められます。よりよいサービスや商品を創造するためには、強力なチームワークは欠かせません。従来では、そういった人間力のようなものを、多くの場合、実務のなかで先輩社員たちなどから学びつつ成長していくといったプロセスが必要でした。当社でも新入社員を教育するプログラムを用意し、研修を通じて社会人として必要とされるノウハウを早い段階から身につけてもらうための取り組みを行なっておりますが、学生でいる間から社会人として求められる基礎力を身につけるということは、即戦力として企業全体の活力になってもらえることが期待できますし、企業側が用意する新人研修も進んだ内容にシフトできますから、より高度な人材教育に取り組むことができると思います。

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大石 本学の「企業連携型」教育カリキュラムの発想は極めてシンプルで、“Learning By Doing”を大学教育に組み入れてしまえというものです。「企業連携型」の教育カリキュラムを持つ大学は数多くあります。ただ、その多くの主旨は在学中に企業が実際に抱える課題について考え提案し、企業から評価を受ける経験をすることで、自分にどんな知識やスキルが足りないかを自覚させ、その後の大学教育の学びの指針を得るきっかけをつくるというものです。あくまでそこでの教員の役割は、大きく脱線しない限りは“見守る立場に徹する”であり、学生が主体となります。
もちろん、このやり方は理にかなっており、教育効果は十分にあると思います。ただ、教員が見守る立場に徹する方法を採用した場合、学生は授業内ではスキルやノウハウを身に付けることができず、学生はその経験から必要な知識やスキルを認識した後に、自らそれらを修得できる機会を探して努力していかなければ、単に「やってよかった」だけの経験になってしまいます。さらに、1年次と上級生とで同じ課題を考え提案させても、ほとんど質が変わらないものになることも十分に考えられます。要するに、学年を重ねてもスキルや経験値が向上しないわけです。

清水 単に知識を仕入れるだけでは、知恵として身につけるのは難しい、ということですよね。実践の中で、実際の体験を通じて成功と失敗のパターンを学ぶことは、新しい解決策を生み出すことにもつながりますから。

大石 おっしゃるとおりで、やはり自転車に乗るには、乗り方を教わり、身を持って練習しなければなりません。まさしくそれが“Learning By Doing”です。本学が展開しようとしているカリキュラムは、複数の教員(現時点では5名)が見守る立場ではなく、学生の発想はできる限り尊重しながらも、物事の考え方、論理の組み立て方、統計分析の方法や解釈の仕方、資料作成や効果的なプレゼンテーションの方法など、あらゆる面で指示を行い、成果をチェックします。教員というよりは上司に近い関わり方で学生に接します。このやり取りを通じて学生は様々なスキルやノウハウを確実に身に付けていきます。いまはまだカリキュラム化の準備段階ですが、これを1年次の春から2年次の秋の4期継続し、3年次に入って初めて教員は見守る側へと立場を移し、学生に完全に主体性を持たせます。つまり、1年次から2年次にかけて自転車に乗る(スキルやノウハウを身に付ける)訓練をし、3年次からは自分で自転車に乗せる(自分たちだけで成果をあげさせる)わけです。これにより、学生は学年を重ねるごとに確実にスキル、ノウハウ、経験値を共に向上させ、企業が現実に抱える課題の解決に貢献できる可能性を持つ人材に近づいていくことができると見込んでいます。