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PROTO総研/カーライフ インタビュー

クルマはさまざまな技術の開発によって進歩を続けてきた。革新的な設計、加工技術、生産技術などはクルマのクオリティにとって重要な要素となっている。しかし、あらゆる部品の「原材料や素材」そのものを開発、進化させることができると完成品であるクルマのレベルは格段に向上すると考えられている。

近年、世界各国では、この材料、素材分野における研究が活発化している。耐久性が高かったり、軽量であったり、電気抵抗が少なかったり、さらには素材自体に機能性を持たせたり、希少な物質の代替物などを開発することができれば、その産業的、経済的な効果は計り知れない。そのため、先進各国における研究機関では、日夜優秀な科学者やエンジニアが研究に勤しみ、熾烈な国際競争に直面している。【2016.7.1更新】

「においが見えるセンサー」が開く未来 2016.7.1

材料研究が変えていく「未来」

(出演者すべて敬称略)

今回は、日本の材料研究の最先端を行く国立研究開発法人「物質・材料研究機構(以下NIMS)」の研究開発の現場を訪れ、材料研究の現状及び技術の実用化、さらには自動車分野における材料研究の意義について、お話を伺った。

八重樫  NIMS(ニムス)の目指すものは明確で「日本のサイエンスの最先端技術を産業界のエンジニアリング技術へと展開させる橋渡し役として、結びつけていく」ことにあります。

宗平 産業分野での国際競争は激化していますからね。それでは、こちらでは、より実用的な研究をされているわけですね。

八重樫  そうですね、「研究成果が出た、研究の正しさが認められた」というところでストップしていてはいけなくて、あくまでその研究成果を産業界が活用してはじめてゴールといえるのです。われわれの主なフィールドは「材料研究」でございまして、大もとの原料や材料を改良、新材料を開発、進化させることで、さまざまな技術や製品を進化、発達させていくことになります。

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天野 ご研究の成果が具体的なカタチになったものをお教えいただけますでしょうか。

今西 はい。省エネに大きな効果があるLEDにおいて「自然な白色」を出すために不足していた赤色成分を生み出す蛍光体(サイアロン蛍光体)を世界に先駆けて開発しました。ほかにも大規模地震から高層ビルを守る制振ダンパーや100年間腐食しない鉄筋コンクリートも開発いたしました。また、開発した超耐熱合金が最新型のジェット機ボーイング787のタービンブレードに使用され、一機当たり年間1億円に上る燃料代の節約に貢献しております。

八重樫  超伝導の分野でも、電気抵抗が極めて少ない超伝導線を開発し、世界最高磁場のNMRを開発したり、最近話題になっている人間の呼気から健康状態をチェックできる可能性があり、ガンなどの早期発見に役立つ可能性を秘めた小型センサーもNIMSが開発したものです。

宗平 すごいですね。皆さんが開発された技術やノウハウは、企業などの産業界に技術移転として譲り受けられていくわけですね。製造業などで使われる技術というものは、企業が独自に研究しているのがほとんどだと思っていました。

八重樫  もちろん企業様も独自に研究されています。私たちは、ある意味、技術や予算、または時間的な面で行うことが難しいサイエンス視点からの革新的研究を行っているともいえます。また、将来的にさまざまな分野に応用可能となる基礎や原理に関する研究を長期的に追及することも、我々のミッションといえます。

宗平 企業が独自開発にこだわらず、いわゆるOpen Innovationを導入し、たとえ特許料というカタチでライセンス費用が発生しても、独自に開発するよりもより効率的にその技術導入が可能になるということですか。わかる気がしますね。

においを数値で表す技術の実用性

天野 今回こちらにお邪魔させていただきましたのは、「においを計測」することができるという情報を聞いたからなのですが、こちらはどのような研究なのでしょうか。

八重樫  キーマンの吉川元起研究員に話を伺いましょう。

吉川 においとは、一般的に複数のガスの混ざったものになります。異なるガス種に反応する様々な物質を塗布したセンサーを複数用意することで、においをデータ化することができるようになります。

天野 どのようなにおいにも反応するのでしょうか。測定できないにおいというものもあるのでしょうか。

吉川 どのようなにおいが測定出来るかは、センサーに塗布する物質次第となります。もちろん、濃度の低いにおいは、それだけ難易度も上がります。 また、感度だけでは無く、小型化も大きな課題でした。においを検知する装置というのは以前からもあったのですが、装置自体が大掛かりで実用性を語れるレベルにはありませんでした。こんな感じでした。

宗平 うわぁ、たしかにこれは大きいですね。ところで吉川さんが開発されたセンサーはどのくらいの大きさなんですか?

吉川 こちらがそうです。

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天野 これは小さいですね……。

八重樫  どこにでも携帯できるサイズです。ですが、検知能力は劣りません。超小型かつより高感度になっています。

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吉川 私どもNIMSでは、この超小型センサー素子「MSS(Membrane-type Surface Stress Sensor /膜型表面応力センサー)」を用いたにおいの分析センサーシステムを開発し、現在はその実用化を睨みながら研究を行っています。原理としては、MSS表面に、におい物質に反応する物質(感応膜)を塗布しておき、ガス分子(におい)がその膜に吸着すると、僅かに発生する力によって歪みが生じ、その反応の強さをセンサーが検知するシステムです。従来型のセンサーと違って、レーザー光が必要なく、大幅に小型化することができました。また、同種の従来型センサーと比べ100倍という極めて高い感度もあるのが重要です。

宗平 よく開発されましたね。ご苦労なさったでしょう。開発に成功する前から「自信」というのはおありだったのでしょうか。

吉川 東北大で助教をしていたときに、スイスに渡り、そこからセンサー研究を始めたのですが、ゼロからのスタートだったので、最初は何が問題かすら分からない状態でした。研究を進めるに従って、やはり高感度化と小型化を両立するのが長年の課題だという事が分かったのですが、そんなに簡単に解決できるはずがありません。そこで、ハインリッヒ・ローラー先生(1986年ノーベル物理学賞受賞)と共同で、まず基本的な改良の方針を計算し、その後、スイス連邦工科大学ローザンヌ校と共同で、実際のセンサーチップの作製に成功しました。この間は、本当にいろいろな可能性を試し、失敗の連続でした。

宗平 やはり最先端の研究開発でもトライ・アンド・エラーってあるんですね。

吉川 研究活動とは、それが基本です。

八重樫  MSSとは、においの元となるガス分子からDNA、タンパク質など生体分子に至るまで、様々な分子を大気中あるいは液体中で測定することができます。際立つのは、やはりこのセンサー素子が超小型で超高感度であるということです。そのため日常生活において、「におい」という我々が理解しにくい、つかみどころのないものを人間や機械が理解できる情報に変換することができると期待されているのです。

吉川 先ほどのお話ですが、この「感応膜」を変えることによって、さまざまなにおいの検知を行うことができます。

宗平 そこですが、その感応膜は、1つのにおいに対して1つを付けるということなのでしょうか? そうすると、一度に検知できるにおいは1つで、「どんなにおい」というより、においの強弱しかわからないのですかね。

吉川 各感応膜は、それぞれ様々なガスに反応しますが、その反応の仕方がガスによって異なります。そのため、各種の感応膜を塗布したセンサーを複数用意することで、それぞれのにおいを、一種のパターンとして認識する事が可能となります。

八重樫  そこで、このMSSというセンサーが非常に小さいことが重要になります。1つが1㎟という極小なスペースに収まります。これは1㎠に100個ものMSSをマウントすることができることを意味します。そのため、ひとつのセンサーチップで、より多くの種類の感応膜を利用することができ、より詳細なパターン認識をすることが可能になるのです。素材も半導体に用いられるシリコンなので、コスト的にも非常に安価で大量生産に向いています。今後はさらなる小型化も考えられるので、実用性は極めて高いと考えられます。

天野 それはすごいですね。現段階ではどのような用途が有望視されているのでしょうか。

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吉川 現段階では、詳細にはお話出来ませんが、食品、環境、化粧品をはじめ、においに関する様々な分野へ応用できる可能性があります。

宗平 わたしはこの「においのセンサー」というお話を聞いた時から、お伺いしたいことがございまして。

八重樫  なんでしょうか。

宗平 私どもはGooという情報媒体を運営しておりまして、それに関わる整備や車両の査定などにも携わっております。そしていつも思うのが、クルマの物件情報には、そのクルマが製造された年式や走行した距離などや、キズなどについての情報が掲載されています。それだけでも経験のあるユーザーさんであれば、かなりそのクルマのコンディションを把握することはできます。ところが実際に見たり、乗ってみなければ知ることができないのが「ニオイ」なんです。タバコのニオイは「禁煙車」を選べばよろしいのですが、ペットや鼻につく香水などは、クルマを手放す理由に挙げるひとも少なくありません。そこで、吉川先生が開発されたセンサーを使えば、事前に、そのクルマのニオイの種類や強さなどを知ることができるのではないかと思うのです。

八重樫  技術的には可能だと考えられます。

宗平 わたしもそう思っていたんですよ。クルマのニオイは、そんなに複雑ではないと思うんですよ。先ほど挙げたくらいなので、センサーの数も多くは必要ないですし。

八重樫  そうなんですね。ただ、においというのは我々が考えているよりも複雑なものなんです。その車内にあるシートやパネルの素材など、あらゆるにおいの要素を地道に収集、分析することで、正確な検知ができるようになります。

宗平 なるほど。センサーはこんなに小さいのに、大きなデータを扱わなくてはいけないんですね。

八重樫  はい、そしてにおいというのはパーソナルなもので、ひとによって不快だとか、心地よいと感じるにおいというのは異なります。以前「新車のにおい」という芳香剤を購入したことがあるのですが、すぐにやめました(笑) わたしには不快なにおいでした。

宗平 いずれにしても、いままで中古車の物件情報に「におい」の情報を表示するという事は無かった視点なので、非常に面白いですね。将来性もありそうですし。ビジネスのにおいがしますね(笑)

八重樫  非常にしていると思いますね(笑)

 

吉川 それでは実際に、センサーをつかうとにおいがどのように検知されるかをお見せいたしたいと思います。このセンサーをお酒のにおいに近づけてみたいと思います。

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天野 MSSセンサー、本当に小さいですねえ。そしてスマートフォンで見られるんですね。

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天野 うわっ! こんなにはっきりと反応するんですね。わたしには感じられないのに。すごいですね。

 

産学官協同で望む革新的な研究

八重樫  われわれはこのセンサーにつきまして、パートナーシップによる態勢で臨んでいます。現在、私どもNIMSと京セラ株式会社、国立大学法人大阪大学、日本電気株式会社(NEC)、住友精化株式会社、NanoWorld AGの6機関は、共同で、MSS を用いたにおい分析センサーシステムの実用化・普及を加速させるために業界標準技術の確立を目指した研究開発を行っています。これを「MSSアライアンス」と呼んでおります。

天野 産学官協同による研究プロジェクトということなのですね。

八重樫  はい。それぞれが得意分野で力を発揮し、なるべく早く実用化レベルにまでこぎつけたいと思っています。センサーのシステムは京セラ様、センサーシグナルの解析シミュレーションを行うのは大阪大学様、ビッグデータとなるセンサーシグナルを解析する日本電気様、正確な実験に欠かせない標準ガスと精密測定は住友精化様、センサーチップの開発はNanoWorld様、など産業界からも主要なメンバーが一堂に会したビッグプロジェクトとなっています。しかし、然るべき時期には、業界標準化を目指す技術として、すべての企業と研究機関に対して、技術が開示される様にして行きます。

 

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宗平 なるほど、日本連合ですか。MSSという技術が、近い将来いかに大きなインパクトをもたらすものかを物語っているようですね。それにしても楽しみですね。生活はもっと便利になりそうですね。

吉川 まだまだ越えるべきハードルはありますが、しっかりとクリアしていきます。

 

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宗平 頑張ってくださいね。期待しています。本日はどうもありがとうございました。

一同 どうもありがとうございました。

 

 

 

【対談者プロフィール】

吉川 元起

国立研究開発法人 物質・材料研究機構(NIMS)国際ナノアーキテクトニクス拠点(WPI-MANA) ナノライフ分野 ナノメカニカルセンサグループ グループリーダー

八重樫 章

国立研究開発法人 物質・材料研究機構(NIMS) 外部連携部門 連携企画室 室長

今西祐子

国立研究開発法人 物質・材料研究機構(NIMS) 外部連携部門 連携企画室 専門職

宗平光弘
「PROTO総研/カーライフ」所長。
株式会社プロトコーポレーション常務取締役。
「2016-2017 日本カー・オブ・ザ・イヤー」実行委員。

天野良香
「PROTO総研/カーライフ」所員。